アジア街道各駅停車 パキスタン編/NO.7

−−モヘンジョダロの遺跡で国際隠し芸大会−

マディアン村から又ペシャワールに戻り、チエがかねてから行きたがっていたモヘンジョダロの遺跡へ行くことにした。
パキスタンでは外国人は鉄道が半額になる。高い外国人料金を取る中国とは大違いだ。旅行者からすれば有り難い限りだが、地元の人から見ればどうなんだろう?これも旅人を大切にする習慣から来るのだろうか?

ペシャワール駅からは一日数本の列車が出るが、その内2本が長距離列車だ。1本はラホールを通二日がかりでケッタまで行き、もう一本はパキスタンの中央を南下し、モヘンジョダロを経由してダッカに向かう。
駅でモヘンジョダロまでの切符を買おうとすると、モヘンジョダロへ行く直通列車は無いと言う。僕が時刻表を見せて、この列車が行くはずだと言うと、しばらく不思議そうに眺めた後やがて納得して切符を売ってくれた。そばで見ていたチエは駅員より僕の方がよく知っているとしきりに感心していたが、どう考えても1日数本しか出ない列車がどこを通るか知らない駅員の方がどうかしてる。

夕方ペシャワールを出た列車は翌日の夜モヘンジョダロの駅に着いた。駅の周りは見渡す限り乾いた大地が広がるばかりで何もない。待合室で泊めてもらい、翌日いよいよ馬車で遺跡に向かった。4000年前の生活の臭いがまだ残っていそうな町の廃墟に時の流れが止まったかのように感じた。以前、何かの本でインダス文明を築いた人たちかあるいはその周辺に住んでいた人たちが、西から着たアーリア人たちに押し出されるように東へ向かい、一部がインド南部へ、そして一部が中国南部を通り日本まで着たという説を読んだことがある。そういう可能性があると考えただけで楽しくなってくる。ひょっとすると、僕の先祖がこの町のどこかに住んでいたのかもしれない・・・。

遺跡のすぐ横に公営のレストハウスがあり少し高いが周りに何もないのでそこに泊まろうと思っていたが、夕方少し涼しくなったのでもう一度遺跡へ行って夕日を眺めていると、にぎやかなパキスタン人の家族連れに出会い、話しているうちに彼らの家に泊めてもらうことになった。ナシームさん一家はハイデラバードに住んでいるが、奥さんがお医者さんで村々を回っていて、今回はモヘンジョダロの近くの村で20日間ほど暮らしているそうだ。彼らは奥さんの家を訪ねがてらここへ遊びに来たようだ。

夜は彼らの家で隠し芸大会が始まった。二人羽織でたばこを吸ったり、腹を出して踊ったり、トランプをしたり・・。
僕たちにも何か日本のジョークを言えと言う。日本語ででもいいから言えというので言うとおもしろく無いだろうにみんな大笑いした。見ず知らずの外国人をこんなに簡単に歓迎してくれる彼らの陽気さと気さくさが嬉しかった。



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