アジア街道各駅停車 パキスタン編/NO.6

−−マディアン村のマヌおじさん−

マディアン村の美女予備軍

翌日マヌおじさんといっしょにミンゴーラを出て北へ向かった。
スワット谷を遡り谷がだんだん狭くなってくるころヒンズークシ山脈の山懐に抱かれるようにマディアン村はあった。早速ミニバスを降りて村外れにあるマヌおじさんの家に行った。おじさんの孫のような若い男の子が来て何かと世話をしてくれた。青年はおじさんの命令をよく聞く。まさしく命令を聞くといった感じだ。日本ではこんなに威勢にいいおじいさんも見掛けないし、また、若者は年寄りのいうことなど聞こうともしない。それ比べるとこの辺のおじいさんやおばあさんは幸せだなという気がする。
それはともかく、このマヌおじさんのしゃべれる英語はyou とJapanとletterだけだ。日本へ帰ったら手紙をくれと言っているのだろう。そして、懐からよれよれになって溶けそうになった手紙を大切そうに取り出して見せてくれた。それは日本からの手紙でマヌおじさんの家に泊めてもらったお礼と、今は沖縄でサトウキビを作っているというようなことが日本語で書いてあった。 この手紙を読める人はおじさんの周り一人もいないだろう。おじさんは宝物のようにきれいに畳むともう一度懐にしまった。
マディアン村では外を歩いている女の人をほとんど見掛けない。たまに見掛けても黒いベールで顔をすっぽり覆っている。だから外で買い物をするのは全て男だ。これでは女の人にとっては不自由だろうし、男にしても外でする仕事は全て男がしなければならないので大変だろうと思うのだが・・・
村に滞在中おじさんといっしょによく友達(親戚?)の家に連れていってもらった。最初のうちはチエだけが奥の方へ入れてもらってお茶なんかをごちそうになり、男である僕は入り口の所で待たされるということがよくあった。 最後のころになると僕も中に入れてもらえるようになったが、そこで目にしたのはなんとも美しい女性たちの姿だった。アレキサンダーの末裔かあるいはアレキサンダーの戦意をそいだ村人の末裔か、いずれにせよ、彼女たちが外を歩いていたらマディアン村の風景は全く違ったものになっただろうになと残念に思った。


NEXT


アジア街道各駅停車