アジア街道各駅停車 パキスタン編/NO.5

−−雨の日に訪問者の嵐(僕はここでは有名人らしい)−−

町外れにて

パキスタンの北部中国との国境近くにフンザという世界3大長寿村の一つがあり、現在の桃源郷と呼ばれているそうな。
そのフンザより少し南に下がったところにスワット谷と呼ばれる、それはそれは美しい谷があるそうな。あの玄奘三蔵が目指したガンダーラの北のはずれ、そして、あのアレキサンダー大王もあまりの美しさに望郷の念に悩み戦意を喪失したとかしなかったとか。とにかく、僕もそのスワット谷行ってみることにした。
ペシャワールからミニバスでミンゴーラという町に向かった。小さな峠を2つ越えると菜の花が咲く谷が広がり、白い花を半分咲かせた果樹園が点在している。ミンゴーラで宿を決めて、町を歩いているといろんな人が声を掛けてくる。ホテルに居ると知らない人が訪ねてくる。町を歩いているところを見かけたらしいが、とりとめのない話や、ミンゴーラ周辺の情報などを話した後帰っていく。はて、あの人は何をしにきたのだろう?などと思ってしまう。なぜか、プロパーと称する人が多い。
マヌおじさんと会ったのも町を歩いている時だった。何となく目が合い不思議な電波を感じたなと思った瞬間、向こうから声を掛けてきた。ミンゴーラよりもう少し先にあるマディアン村へ行こうと思っていると言うと、マディアン村に自分の家があるから泊まればいいと言ってくれた。もっともこのマヌおじさん英語を一言もしゃべらない。パキスタンの国語ウルドゥー語をしゃべるのかさえもさだかではない。それでどうやってそれだけのことが分かったのかと訊かれると困るのだが、とにかく分かったのだ。
夕方ホテルに居ると、マヌおじさんが訪ねてきて、友達の家に連れていってくれた。そのあと別の家に行くと、そこにはライフルを持ったひげもじゃの若い男たちがたむろしていた。アフガンゲリラといった風貌だ。一瞬たじろいだが、まあここまできたらしようがないと諦めて中に入った。男達は陽気でよくしゃべった。僕たちにも何か話しかけてくるがあいにく全く分からない。しばらくすると、焼きめし風の食べ物が出てきてみんなで輪になって食べた。この男たちの家族は今どこで何をしているのだろう?そんなことを考えながら手づかみでご飯を食べ続けた。


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