アジア街道各駅停車 ネパール編/NO.3


---ネパールの子供たち---

ネパールの子はよく働く<<<突然迷い込んだ異邦人に集まる子供たち

ムクチナートからさらに登りトロン峠を越えてマナンまで下り、アンナプルナの東側を回ってポカラに帰ることのできる。ただし、マナンからムクチナートへ来るのは登りも緩やかで比較的楽だが、こちらから登るのはきつい上り坂になる。既に雪も深いのでかんりきつい。
一人のスウェーデン人がいっしょにトロン越えをする相棒を探していた。迷った挙げ句、結局ひでぼんが行くことになり、僕たちは戻ることにした。翌日、ムクチナートまでいっしょに登り、無事ポカラでの再会を約束してひでぼんたちと別れた。

今日は真ん中の子の誕生日<<<>>>タトパニ村の青空学校

帰りはタトパニで正月を迎えた. 日本人の学生のグループが餅を持って来ていて、僕たちにも分けてくれた。餅をリュックに詰めてよくここまで持って来たものだ。気軽に分けてもらったが、後で考えれば遠慮した方が良かったような気がした。

最後の村ノーダラまで下りてくると、その人の多さに思わず目眩いがした。普通ならどうてことのないのんびりとした村なのだが、一ヶ月山にこもっていた僕たちは人の多さに酔いそうになった。サランコットの丘まで来ると、子供たちが集まって来て、何かと名目を付けては金を無心する。曰く、サッカーチームを作っているがボールを買う金が欲しい等々である。さすがに町に近づくと子供たちも変わってくる。
しばらく歩いていると一人の子供がずーといっしょに付いてくる。そして、今日は自分の家に泊まっていけと言う。別に急いでポカラに帰る必要もないし、僕たちも少しリハビリした方が良さそうなので泊めてもらうことにした。民宿でもしているのかと思って付いていくと、小さな雑貨屋をしている普通の家だった。屋根裏部屋を片付けてそこに泊めてもらった。どうも普段は誰かが使っている部屋のようだ。
晩飯は何がいいかと尋ねるのでフライドライス(焼きめし)を注文すると、作り方を教えてくれと言われた。作り方というほどのことはないが、その辺の材料を使っていっしょに作った。そして、お金を払ってそれを食べた。観光地と農村の間の不思議な空間を漂っているような気がした。

ヤクの背に乗せて荷物を運ぶ<<<>>>薪を運ぶ女性たち

僕たちがポカラに帰って数日後、ひでぼんたちも帰ってきた。
ポカラからインドのビザをとるために一度カトマンズに戻った。ひでぼんとはカトマンズで別れ、僕とチエは夜行バスで仏陀の生まれたルンピニーへ向かった。ルンピニーでは日本人の寄付で作ったという宿坊に泊めてもらった。翌日、インドとの国境までバスで行き、歩いて国境を越えた。ほとんど何のチェックもなく簡単な国境越えだった。



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