アジア街道各駅停車 ネパール編/NO.1


---トレッキングのはじまり---


橋の向こうにチベットが見える<<<>>>国境の村コダリ

国境の橋を渡るともうネパールだ。ネパール側の国境の村コダリには温泉が沸いて、チベットから持ってきた一週間分の垢を洗い落とした。コダリで一泊して、翌日ジープでカトマンズに向かった。
カトマンズは久しぶりにみる大都会だ。
バックパッカーが集まっているフリークストリートに面した宿をとった。うっかりすると見落としてしまいそうな小さな看板の付いた入り口をくぐると、薄暗い廊下と階段があり、各階に2−3個ずつ部屋があった。僕たちの部屋は3階でベッドが2つあり、壁には落書きと小さな穴がいくつもあって、いつも小さなネズミが出入りしていた。決してきれいとはいえないが、不思議に落ち着くいい宿だった。
この町で待ち合わせていた日本からの友達と落ち合い、しばらく滞在した後、バスでポカラに向かった。そこからいよいよトレッキング開始だ。

トレッキング出発<<<>>>後ろにフェワ湖が見える

ツゥクチェ、ジョムソンと通りムクチナートまで往復4週間を、ひでぼんと友達のチエと僕の3人で歩いた。ポカラからジョムソンを通る道は、かつて塩の道と呼ばれインドとチベットの交易路として賑わった。現在はチベットとの交易は行っていないが、そこに住んでいる人々の生活路となっていて、ろばや人の背に乗せられて生活物資が運ばれ人々が行き交う。山道というよりは生活路なのだ。
ルート沿いにはところどころに村があり、食事とったり宿泊することができる。むかしは食事をすればただで泊めてもらえたらしい。今では外国人トレッカー向きに英語で表示されたロッジが多いが、宿泊費は今でもただ同然だ。一人一泊5ルピー、当時のレートで日本円にして40円程だ。ほとんどは簡素なベッドが並べられた部屋のベッドを一つ使わせてもらう。
毎朝、日の出と共に目覚め朝食後歩き始めて夕方まで歩く。僕たちはチエのペースに合わせてゆっくり歩いた。歩き疲れた時は昼まで歩いて、午後はのんびり過ごすこともある。夕食後はストーブで薪を焚いてしばしのんびりした後、7時か8時くらいには寝る。まさしく、太陽の恵みの元で生きている感じだ。

歩き始めて2日目、昼前に長い上り坂を前にして昼飯を先に食べるか後にするか迷った。迷った結果、後にすることにして歩き始めた。長い石段と坂道が延々と続く。途中に村はなく、登り始めたからには登り切るしかない。僕たちは少し後悔していた。
昼をたっぷりと回ったころようやく上の村に着いた。さあ昼飯だ。チャイ屋さんで例によってダルバート(豆カレー)を注文した。ネパールの山では注文してから30分くらい待たされるのは茶飯事だ。
空きっ腹を抱えて僕たちは待った。30分位過ぎてもうそろそろかなと思い見回すとおばさんが鍋で何か白いものを洗っている。よく見ると何と米を洗っているではないか。これから飯を炊くのだ。それからおばさんは、裏の畑へ野菜をとりに行った。結局僕たちは2時間近く待たされ、その日はその村で泊まることにした。まあー、そんなことはよくあることだった。

チャイ屋のおばさん<<<>>>山を眺めて一休み



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