アジア街道各駅停車 イラン編/NO.5

−−イランでのバスの旅−−

イランでの移動はバスが一番便利だ。道はよく舗装されているし、バスもリクライニングシートで快適だ。パキスタンまでと比べると随分と移動は楽になった。

ケルマンからシラズへ行き、ペルセポリスの遺跡を見た後、古都イスファハンへ向かった。途中、国境で一緒だった浅井君と庄司君とはよく出会った。かつては観光客であふれていただろう、広大なペルセポリスの遺跡には、僕たち以外だれもいなかった。
イスファハンでは、久しぶりに高級レストランで食事をしようと、庄司君と3人でイスファハンで最高のシャー・アッバース・ホテルへ行った。ところが豪華なシャンデリアがぶら下がった大きなレストランに客は僕たちだけだった。おまけにメニューにはチョロ・カバブ(シシカバブの一種)しかなく、さみしい想いをした。やはり、観光客も少しくらいはいた方がいいななどとかってなことを考えてしまった。

イスファハンの中心街を歩いていると、大通りの真ん中に大きな土管が並んでいる。空襲があればそこへ逃げ込むらしい。建物の壁には機銃掃射によって開けられたのか、銃弾の痕が生々しく残っている。やはり、戦争しているんだなと改めて思った。
そういえば、子供達の何かすさんだような目元が気になる。どこへ行っても子供たちの明るさと元気さには救われるのだが、この国ではそれがない。早く平和になってほしいと思う。

イスファハンから首都テヘランへと向かった。西に来るにつれ西洋が近づいてくるような気がする。少なくとも、イランの人たちの関心は東ではなく、完全に西を向いている。
仮に、ユーラシア大陸を2つに分けるとすれば、それは、ボスポラス海峡ではなく、パキスタンとイランの国境のあたりのような気がする。
もともと、アジアという名称はヨーロッパ人がユーラシア大陸のヨーロッパ以外の部分を総称してそう呼んだだけで、まとまりのある地域名ということではないだろう。
すると、この「アジア街道」とは何なのだろう・・・?

NEXT


アジア街道各駅停車