アジア街道各駅停車 イラン編/NO.3

−−イスラムの教え−−

イランを旅していて一番気になるのがイスラムの掟だ。イスラム革命以後、この国は厳格なイスラム法によって治められている。外国人といえども、この掟に背くことはできない。
たとえば自転車で旅していた森君は短パンをはいていたのだが、男でも肌をあらわにしてはいけないと言われ、長ズボンをはくはめになった。
女は外を歩く時は頭からベールをかぶり髪を見せてはいけない。チエはたいていスカーフを着けていたが、そのスカーフが小さすぎて道を歩いていると、だんだん髪の毛が出てきてしまう。すると、どこからかうるさがたのオバさんが現れ
「あんた、そんな格好して、アラーの神の教えに背いて、ただで済むと思っているのかい?
世が世なら、市中引き回しの上、張り付け獄門だよ!!」
とか何とか文句を言われる。最初は何のことかよく分からなかったが、どうやらそういうことらしい。たいていは、いっしょにいる若い人が
「まあ、まあ、そんな堅いこと言わずに」
と間の入ってくれて、僕たちに行きなさいと手で合図してくれる。どこにでもうるさいオバさんというのはいるものだ
一度などは、ホテルの部屋でボーイに水を持って来てもらった時に、部屋の中でチエがベールを被っていないと注意された。ここまでくると、よけいなお世話だと言いたくなる。

それにしてもベールを被るのは砂漠に暮らす人々の知恵なのかもしれないが、好きでそういう服装をするのはいいが、強要されるのはイヤなものだ。どうも、旅しにくい国だなっと思ってしまう。
しかし、冷静になってよく考えるとよく似た話はどこにでもあるような気がする。
日本でだって、男は会社に入るとネクタイを締めないとだらしないということになるが、それだって、誰かの思いこみに過ぎないのだろう。男がみんな首根っこにひもを巻き付けて満員電車に揺られている風景は、未来の人が見れば何とも不思議な光景に映るだろう。
伝統と不合理とは紙一重なのだ。

まあ、身近にあってよく見慣れた不合理はあまり気にならないが、見慣れない不合理は気になってつい反発したくなるものだ。
が、やはり郷にいれば郷に従えだろう。その不合理性を判断するのは僕たちの役目ではない。それをすると、それは欧米人の持つあの傲慢さに通じてしまうのだろう。

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